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鯨墓の紹介

  • こんばんは。失礼します。

    1回生の柳本です。

    本日もよろしくお願いします。

     

    本日は、鯨墓について紹介したいと思います。みなさんは鯨を食べたことはありますか?私が通っていた小、中学校では年に2回ほどくじら料理の給食が実施されていました。

    一般的に4メートル前後以上の種類をクジラといい、それ以下の小型種をイルカと呼ばれているそうです。最小種でも体長は1.5メートルにもなり、最大種は34メートルにもなる哺乳類の中で最も大きい生き物とされています。

    鯨墓は、高さ2.4メートル、幅0.46メートルの花崗岩の石塔です。正面には「業尽有情雖放不生」「故宿人天同証佛果」「南無阿弥陀仏」と陰刻され、側面には「元禄五年壬申五月 願主 設楽孫兵衛・池永藤右衛門早川源右衛門」と刻まれています。「鯨1頭取れれば7浦が賑わう」と言われるほど鯨の価値は高く、鯨組の漁師たちは命がけで鯨に向かっていきました。しかし、解体された母鯨の胎内で死亡した子鯨を見たとき、さすがの漁師も哀れみを感じ、墓を建立し経を唱えて丁重に葬りました。その位牌と鯨鯢過去帳も向岸寺に残されています。鯨に対する先人の感謝と思いやりの心は、捕鯨が廃れて一世紀が過ぎた現在でも、地域住民により毎年執り行われる伝統的な回向に引き継がれています。墓の背後の空き地には70数体の鯨の胎児が埋葬されており、鯨墓は、昭和10年に国の史跡に指定されました。

     

    山口県長門市通(かよい)では当時のモリや網を使っての古式捕鯨を、模型クジラにて再現している通くじら祭りというのがあります。挑戦するのが地元漁師ではなく、全国公募で集まった一般の方々というのも見ものとなっています。

    「通鯨唄」と呼ばれる、手拍子でなく手もみで歌う大漁を祝う唄も、鯨唄保存会の方々や地元小学校の子供たちによって披露されます。それくらい私の地元長門市は鯨を大切に扱ってきました。

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    これは鯨墓の写真です。

    最後まで読んでいただきありがとうございました。

    明日もよろしくお願いします。

    それでは失礼します。